久保田一竹美術館(4/4)



本館の横手から裏手にかけて、このような散策路があります。

久保田一竹美術館の外構は、先生の構想のもと、自然の環境を活かしつつ、 京都の造園家である北山安夫氏が手がけました。

琉球石灰岩、富士の溶岩、多種多様の植栽、渾々と湧き出る豊かな水とあいまり、独特な雰囲気を醸し出しています。



散策路の途中には、このような小さな滝もあります。



清水が湧き出る池の横にあるベンチに座り、一休みすることもできます。



散策路の一番奥には、溶岩に囲まれた洞窟があり、その中に普賢菩薩像と嬰児を抱いた女人像の2体が安置されています。

久保田一竹先生が、亡き母を偲び、インドの仏師に彫ってもらったものです。

そのやさしい表情は、見る者に大きな安らぎを与えてくれます。



散策路からは、霊峰富士を見ることもできます。



久保田一竹先生は、27才で戦争に行き、敗戦後3年間、極寒のシベリアに捕虜として抑留され、31才の時ようやく復員できたました。

帰還後、「一度は捨てた命」という想念に駆られ、残された半生は、20才から憧れ続けながら生活に追われて手をつけられなかった「300年前に忽然と消えうせた」という幻の辻が花染めの研究に打ち込んでみたいと思い詰めるようになったそうです。

その後の様子を、久保田一竹先生は、次のように語っています。

甘い言葉で表現すれば、それは戦争で青春を喪った男のロマンであったかもしれませんが、現実の夢は、出口の無い真っ暗なトンネルを灯りも持たず遮二無二進んでゆく哀れな状態で、何が何でも自分の夢の中に描いている理想の辻が花をと狂ったように明け暮れ、数年後には、時間が惜しいばかりに生活の基盤であった手描友禅の仕事さえも捨て、家族を極貧に耐えさせ、私は辻が花研究の鬼と化したのです。

そして還暦を迎えた年、初めて生命を削り血で染め上げた創作「一竹辻が花」を世間に発表した日の大反響を生涯忘れることが出来ません。

そのころ殆ど無名だった私の作品が世の中に認められ、身に余る賞賛のお言葉を戴き、我が家にもやっと一息つける日々が戻りました。

その時、私が時流にのって作品を求められるままに手放していれば、かなりの資産を残すことができたでしょう。

しかし、私は金銭よりも我が身を削って染め上げた作品が愛おしく、「作品を1点でも多く残しておきたい、お金はつつましく暮らせるだけでいい」と考えていたお陰で、私の手元には作品が増えてゆきましたが、蓄えはわずか250万ばかりでした。

そんな時に降って湧いたのが、美術館建設の話でした。

私の事情を全て知慮している有力な知己は、とにかく私を河口湖の現地へ連れ出したのです。

翠嵐の丘陵を背に、やや傾斜した赤松林に導かれ、正面を見渡した私は、息苦しいほどの感動を覚えました。

そこには霊峰富士が光輝いて天空に聳え立ち、瑠璃色の河口湖が小波を立てて私に呼びかけるのです。

ここに一竹美術館を建設する決意を固めたのでした。

この土地の地主さんは、私の支払能力など念頭にないらしく、「地鎮祭は12月8日にいたしましょう」と即断即決。

地鎮祭の前日、平成4年12月7日は、折あしく河口湖地方は20年振りといわれる暴風雨に襲われていました。

翌12月8日も豪雨は降りやまず、凄まじい天候の中で地鎮祭は厳かに終了したのですが、儀式が終わると同時に、さしもの豪雨がピタリと止み、霊峰富士の中腹あたりから、龍以外には形容の出来ない流麗な白雲がゆったりと天に昇ってゆくのです。

「龍雲だ!」人々が異口同音に叫びました。

龍神!それは、母の生前に度々聞かされている巳歳生れの私の守護神で、私は幸先の良さを感じ、その日晴ればれとした気持ちで、その日の帰途、かねて訪れたいと希っていた山梨市清白寺を探すことにしたのです。

実は、その清白寺こそ亡き母の生家で、母は生前、故あって里帰りしたことがなかったのですが、母は清白寺が懐かしく誇らしく、幼い私に色々語り聞かせたのでした。



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テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

本当に身を削って夢を追いかけられ、完成した
作品を、手元に置いておきたいお気持ちはよく
分かります。ご時分の夢の実現の為に、苦しい
生活をご家族にも強いられた事、お辛かった事
と思います。けれど、大きな夢を実現するのに
は、本当に沢山の犠牲を払わなければ夢は叶わ
ないという事は想像に難くないですね。
素晴らしい河口湖の自然に魅せられて、壮大な
美術館を創られたこと、本当に良かったですね。
お母様のお導きがあったのですね。
素晴らしいお話もふくめご紹介、有難うございます。

No title

パパさん、素敵な情報をありがとうございました!!
館内だけじゃなく屋外も素敵ですね~
日本ってやっぱり凄いです!!

Re: No title

>勘太‐モモのママさん
仰るとおりですね。
シベリアでの3年間の捕虜生活も大変だったと思いますが、その後の約30年間を、自分だけではなく家族も極貧の生活に追い込み、幻の辻が花の再生に取り組まれた状況は、まさに命を削る日々だったのだと思います。
そのような日々や思いを想像しながら、作品と建物を拝見すると、また違った感慨に浸ることができるように思います。

久保田一竹先生の御苦労にはかないませんが、カリーノパパも、ロンドン勤務当時に「命を削りながら仕事をしている」と思った日々がありました。

Re: No title

>流花・桃花ママさん
こちらこそ読んでいただき、ありがとうございます。
仰るように、この美術館は、作品、建物、庭、何れも見ごたえがあります。
このような美術館を訪れると、日本の素晴らしさを感じさせてもらえます。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

●コメントは、ありがたく拝見し、返信させていただきます。

●リンクフリーです。貼ったり剥がしたり、ご自由にどうぞ。

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