マーガレット・サッチャーさん



英国の元首相であるマーガレット・サッチャーさんが、4月8日に亡くなられました。

サッチャーさんは、ミシェルのお父さんがロンドンに赴任した当時の首相だったことや、お父さんが住んでいた地域を選挙区としていたこともあって、とても親しみを感じていました。

英国人の中には「気取った話し方」と感じる人もいたようですが、サッチャーさんは、一語一語ハッキリと話してくれ、日本人にも解りやすい英語であったことを懐かしく想い出します。

既に御存知のことも多いと思いますが、本日は、サッチャーさんのことを振り返ってみたいと思います。



サッチャーさんは、英国史上初の女性保守党党首であり、かつ女性首相でした。

首相としての在任期間は、1979年から1990年の11年間という長きに渡りました。

サッチャーさんは、保守的で強硬な姿勢を崩さなかったことから、「鉄の女 (Iron Lady)」と呼ばれたことは有名です。


【生い立ち】

1925年、リンカンシャー・グランサムの食糧雑貨商の家に生まれました。

父親のアルフレッド・ロバーツは地元の名士で、市長を務めたこともありました。

サッチャーさんの生家は、代々メソジストの敬虔な信徒であり、家訓であった「質素倹約」、「自己責任・自助努力」の精神は、サッチャーさんにも受け継がれました。

サッチャーさんは父親を大変尊敬しており、「人間として必要なことは、全て父から学んだ」と語っていました。

サッチャーさんは、オックスフォード大学に進学し、化学を専攻しました。

また、大学時代にフリードリヒ・ハイエクの経済学に傾倒していましたが、このことが、後の新自由主義的な経済改革の源流になったと言われています。


【下院議員時代】

サッチャーさんは、1950年に保守党から下院議会議員選挙に立候補しましたが、落選しました。

そして、1951年にデニス・サッチャーさんと結婚し、法律の勉強を始め、1953年に弁護士資格を取得しました。

そして、1959年に下院議員に初当選を果たし、1970年からヒース内閣で教育科学相を務めました。

この時、教育関連予算を削減する必要に迫られたサッチャーさんは、学校における牛乳の無償配給の廃止を決定し、「ミルク泥棒(Milk Snatcher)」と猛烈な非難を浴びました。


【保守党党首時代】

1974年の選挙で保守党は敗北を喫し、1975年2月に保守党党首選挙が行われました。

サッチャーさんは、党内右派のキース・ジョセフを支持していましたが、彼は数々の舌禍を巻き起こして党内外から反発を受け、立候補を断念してしまいます。

その為、右派からサッチャーさんが出馬し、エドワード・ヒースを破り保守党党首に就任しました。


【英国首相時代】

1979年の選挙で、「英国経済の復活」、「小さな政府への転換」を公約に掲げ、保守党を大勝に導きました。

そして、選挙後、初の女性英国首相に就任しました。

首相として英国経済の建て直しを図り、政府の市場への介入を抑制する政策を実施しました。

1982年には、英国領のフォークランド諸島でフォークランド紛争が勃発しました。

アルゼンチン軍のフォークランド諸島への侵略に対し、サッチャーさんは、艦隊、爆撃機をフォークランドへ派遣し、2ヶ月後にフォークランドを奪還しました。

この時、フォークランド戦争に反対する閣僚達に向かって、「この内閣に男は一人しかいないのですか?」と問い、開戦を決断させたとも言われています。

また、サッチャーさんは「人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない。なぜならば、国際法が力の行使に打ち勝たねばならないからである」と語りましたが、最近、この言葉を安倍首相が真似をしています。

当時は、まだ英国経済は低迷していましたが、サッチャーさんは「我々は、決して後戻りしないのです」と力強く宣言し、より保守的かつ急進的な経済改革を行いました。


【首相退任後と晩年】

サッチャーさんは、1992年、一代貴族として男爵位を授爵し、女男爵 (Baroness) となりました。

そして、1992年から貴族院議員を務め、政治の表舞台からは身を引きました。

聡明で、「鉄の女」とも呼ばれたサッチャーさんでしたが、晩年は、認知症を患っていたようです。


【その他のエピソード】

ミシェルのお父さんが、英国の国会議事堂を見学した時、議員ロビーの四隅には、名首相と言われたウィンストン・チャーチル、ロイド・ジョージ、クレメント・アトリーの銅像が立っていました。

一隅だけ空いた状態だったのですが、案内してくれた人は「ここには、恐らく、サッチャーさんの銅像が立つはずです」と教えてくれました。

銅像は、通常、本人が亡くなってから建てられますが、サッチャーさんの場合は、例外的に存命中の元首相として像が建てられました。

このことは、英国史上初めてで、国会内でも議論を呼びました。

サッチャーさんは、銅像の除幕式に出席した歳に「鉄の像の方が、私には良かったかもしれません。でも、ブロンズもいいですね、錆びませんから」と語ったそうです。



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テーマ : 政治
ジャンル : 政治・経済

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No title

サッチャーさんの事、とても詳しく教えて下さり、
有難うございます。
サッチャーさんは、数々の武勇伝を残されましたね。
評価が厳しい方もいらっしゃいますが、大きな事を
為す時は、批判に怯んでいては、出来ないですね。
パパさんには想い出深い方、お寂しい事でしょう。
気品があって、強い方でしたね。

No title

3日ほどTVを観てなかったので知りませんでした!!
ちょっとショックです・・・・
ご冥福をお祈り申し上げます!!

残念ですが

もうお年だったのですよね・・・
私は先日wowowで映画を観ました。
サッチャーさんが好きだったので、とっても興味深く観れました。
メリルの演技もサッチャーさんをよく観察したな~って思いました。さすが大女優ですね。
サッチャーさんは、まず日本にはいないタイプの方ですね。
まだ若い頃、高校かな?サッチャーさんのような女性が日本の政治家にいればいいなって思ったことがあったし、今も思いますが・・・・
無理でしょうか?
野田聖子さんがサッチャーさんのようになりたかったとか言ってますが、そりゃ無理でしょうね。
中途半端なことが多いから。
サッチャーさん、歴史に残り偉人です!

Re: No title

>勘太‐モモのママさん
一般的に外国の人達は、日本人みたいに我慢はしませんから、国民にとって良くない政治に対しては、非常に厳しいと思います。
そういう意味では、サッチャーさんも大変だったと思います。

しかし、英国の人達にとって、サッチャーさんは、やはり偉大な政治家だったと思います。
同時に、サッチャーさんは、英国以外の国の人達にも人気がありましたよね。
日本の政治家で外国人に人気がある人なんて、まずいないと思います。
それどころか、外国の人が知ってる日本の政治家さえいないでしょうね。
ちょっと寂しい気がします。

Re: No title

>流花・桃花ママさん
ママさんと同じように、サッチャーさんの死を惜しんでいる人は、世界中に大勢いるのでしょうね。
それだけサッチャーさんが偉大だった証拠でしょうね。
日本にも、サッチャーさんのような女性政治家が現れてくれるといいのですが。

Re: 残念ですが

>chacoさん
はい、87歳でした。
まさに天寿を全うした感じがします。

メリルは、サッチャーさんを好演していましたね。
話し方も凄く特徴をつかんでいたと思います。

日本の政治家は、「コンニャクのような男」ばかりですからねv-393
明治維新の頃は、骨のある政治家が居たように思うのですが・・・。

先日、国会の答弁で、安倍首相が「日本のテレビドラマに出てくる政治家は、悪党が多いのです」と言っていました。
実際にも、そんな感じがしますよねv-411

野田聖子さんは、そんなことを言っていたのですか。
随分と冗談の好きな人ですねv-411
でも、日本にも「鉄の女」と呼ばれるくらいの女性政治家が出現してもらいたいですね。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

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