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ハクソー・リッジ



昨日、以前から気になっていた映画をテレビで観ることができました。

映画の題名は、「ハクソー・リッジ」です。

第二次世界大戦中、「硫黄島の戦い」と並んで最激戦地と言われた「沖縄の戦い」を元に描かれた映画です。

沖縄の戦いは、第二次世界大戦末期の1945年、沖縄諸島に上陸したアメリカ軍とイギリス軍を主体とする連合国軍と日本軍との間で行われた戦いです。

連合国軍の目的は、日本本土攻略の為のマリアナの基地と共同体制をとれる対日本本土爆撃の為の航空基地確保と、日本本土進攻の補給基地の確保でした。

日本軍の目的は、特別攻撃隊を主力とする航空攻撃によって連合国軍に大打撃を与え、有利な条件で講和を結ぼうという「一撃講和」を大本営が目指していたのに対し、現地の第32軍司令部は本土決戦に向けた時間稼ぎの「捨石作戦」を意図するという不統一な状況だったといいます。

第32軍は、連合国軍を内陸部に誘い込んでの持久戦を基本方針として戦い、特に首里(現在の那覇市の一部)北方で激戦となりました。

1945年5月末に第32軍の首里司令部は陥落し、6月23日には牛島司令官らが自決しましたが、その後も掃討戦は続き、連合国軍は7月2日に沖縄戦終了を宣言しました。

沖縄での両軍及び民間人を合わせた戦没者は20万人と言われ、その内訳は、日本軍側の死者・行方不明者は188,136人で、アメリカ軍側の死者・行方不明者は20,195人だったといいます。



上の写真が、映画「ハクソー・リッジ」の戦場となった場所です。

地形が変わるほどの激しい艦砲射撃が行われたことや、月日の経過もあって、当時の「ハクソー・リッジ」の面影は残っていません。

「ハクソー・リッジ」とは、浦添城址の南東にある「前田高地」と呼ばれた日本軍陣地で、北側が高さ150mの急峻な崖地となっており、日米両軍の激戦地となったことから、米国軍がこの崖を「ハクソー・リッジ(のこぎり崖))と呼びました。



映画の主人公のデズモンド・ドスは、ヴァージニア州の豊かな緑に囲まれた町で生まれ育ち、セブンスデー・アドベンチスト教会の敬虔な信徒でした。

しかし、家族に問題を抱えていました。

父親のトムは、兵士として戦った第一次世界大戦で心に傷を負い、酒におぼれ、家庭内暴力が絶えない日々を送っていたのです。

ある日、父親が母親に暴力を振るい、銃を手にした時、デズモントは銃を取り上げ、その銃を父親に向けます。

実際には発砲しないのですが、後に、デズモントは「心の中で撃った」と告白します。

その日以来、デズモントは「二度と銃は手にしない」と誓います。

そんなデズモントは、第二次世界大戦が日に日に激化し頃、「衛生兵であれば、自分も国に尽くすことができる」と陸軍に志願します。

しかし、訓練初日から、デズモンドの「人を殺さない」という主張が部隊を揺るがします。

軍隊において銃の訓練は必須ですが、デズモンドは頑として銃を手にすることを拒んだのです。



軍服や軍務には何の問題もなく、「人を殺せないだけです」と主張するデズモンドに対し、上官であるグローヴァー大尉は「戦争は人を殺すことだ」と呆れ、「命令に従えないのなら、除隊しろ」と宣告します。

しかし、出征前に予定されていたドロシーとの結婚式の日、デズモンドは、中隊長から「ライフルの訓練を終えないと休暇は許可できない」と言われ、命令拒否として軍法会議にかけられることになります。

面会に訪れたドロシーに「銃に触れないのは、プライドが邪魔しているからなの?」と問われますが、デズモンドは「信念を曲げたら、君が好きになってくれたデズモントではなくなる」と答えます。

それを聞いて、デズモンドの深い想いに心を打たれたドロシーは、「決して変わらないで。何があろうと、私だけは、あなたを愛し続けます」と励まします。

軍法会議では、「戦争では人を殺すが、僕は助けたい」と堂々と主張するデズモンドでした。

軍法会議で有罪になる可能性が極めて高いデズモントでしたが、息子の窮地を救うべく、父親のトムが元上官だった准将に会って書いてもらった「良心的兵役拒否は憲法で認められており、デズモンドが信教上の理由から武器に触らないことには何の問題もない」という手紙を裁判長に手渡し、その結果、デズモンドの主張は認められ、武器を持たずに戦場に行くことが認められます。



1945年5月、グローヴァー大尉に率いられ、デズモンドは「ハクソー・リッジ」に到着します。

そこは、先発部隊が6回登って6回撃退された末、壊滅した激戦地でした。

150mの絶壁を登ると、そこには百戦錬磨の軍曹さえ見たことのない死の世界が広がっていました。

前進した瞬間、四方八方から日本軍の攻撃に遭い、兵士達は次々と倒れていきます。

そんな中、デズモントは、他の衛生兵なら見捨てるほどの重傷の兵士達の元へ駆け寄り、「俺が家に帰してやる」と声をかけ、応急処置を施し、肩に担いで降り注ぐ銃弾の中を走り抜けます。

ひるむことなく何度でも、戦場に散らばった命を拾い続けるデズモンドに、いつしか感嘆の目を向け始める上官と兵士達。



デズモントは、たった1人で75人もの命を救ったといいます。

しかも、重傷を負って倒れている日本軍の兵士に手当てを施したことさえあるといいます。

終戦後、デズモントには、「良心的兵役拒否者」としては、アメリカ史上初めての名誉勲章が授与されました。

ミシェルのお父さんは、若い人達を戦場に送り込み、自分自身は最も安全な場所で好き勝手なことを言っているブッシュ元大統領やトランプ大統領は大嫌いですが、アメリカにもデズモントのような人が居たことを知り、救われたような気持になりました。



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

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世界一の勇敢な男

武器を持たずに戦場に行くなんて信じられないです。
たとえ衛生兵であっても、武器は必需品だったはずなのに。
デズモントさんは、世界一の臆病者なんかじゃなく、世界一の勇敢な男だと思います。
それにしても、戦争の裏側には、必ずたちの悪い政治家がいるのが許せません。

Re: 世界一の勇敢な男

>ジョンパパさん
第二次世界大戦の激戦地で、武器を持たない人がいたなんて信じがたいです。
ジョンパパさんが仰るように、デズモントさんは、世界一の臆病者なんかじゃなく、世界一の勇敢な男だと思います。
戦争の裏側に必ずいる、たちの悪い政治家は許せません。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

2018.5.5永眠、享年14歳10ヶ月

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

●コメントは、ありがたく拝見し、返信させていただきます。

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