アメリカ人日本画家



本題に入る前に、ミシェルのお父さんが驚いた2つのことを書きたいと思います。

1つ目は、YUKIお姉さんのことです。

YUKIお姉さんはロンドン生まれ・ロンドン育ちですが、高校のクラブ活動で「弓道(和弓)をやりたい」と言った時にはビックリしました

それまで弓道に触れたことが無かったYUKIお姉さんが、「何故、純日本的な武道をやりたいのか?」と不思議に思ったからです。

YUKIお姉さんは頑張って、高校生の内に2段になりました。

高校卒業後、YUKIお姉さんは美大でデザインの勉強をしたのですが、卒業後に「日本画を勉強したい」と言って、更に他の美大に入学しました。

それまで日本画に触れたことは無いと思っていたので、またまたビックリしてしまいました

しかし、今は、ロンドンで生まれ、ロンドンで育ったYUKIお姉さんが、日本の伝統武道や伝統芸術を学ぶことは素晴らしいことだと思っています。

2つ目は、日本の伝統工芸や伝統芸術などを学んでおられる外国人の存在です。

日本刀に魅入られ刀匠になった外国人、日本庭園に魅入られて庭師になった外国人などなど・・・

日本人の中で、素晴らしい日本の伝統が忘れ去られていく現代にあって、外国人の方々が、日本の伝統に興味を持ち、その技を習得しようという心に感動を覚えます。

上の写真の人物、アラン・ウエストさん(1962年生れ)も、そんな一人です。



アラン・ウエストさんは、アメリカ合衆国ワシントンD.C.生れの日本画家です。

アラン・ウエストさんが画家になりたいと思ったのは、8歳の頃でした。

小学校の先生に「人生を決めるには、今(8歳)のタイミングがちょうどいい」と言われ、絵が大好きで、既に多数の絵を描いていたアラン・ウエストさんは「画家になろう」と決めたそうです。

そして、本格的に絵の描き方を学ぼうと、9歳から油絵の教室に通うようになりました。

14歳の時、ある劇団から舞台の背景画を描いて欲しいと頼まれたことが、最初の注文制作でした。

アランさんは「14歳という早い時期から、依頼者がどういう絵を描いて欲しいのか、希望していることを全て聞いて引き出すだけではなく、解らない所があれば積極的に聞いて確認し、下図を見せて提案しながら徐々に要望に沿った絵に仕上げていくということを学び、その結果、お客様に喜んでもらえることの嬉しさを覚えたことが、凄くいい経験になりました。また、締め切りに間に合わせることの大切さを学べたことも良かった」と語っています。

しかし、高校の頃、油絵に対する不満がピークに達したそうです。

油絵の具はネトネトしているので、植物の枝や葉っぱのディティールがイメージ通りに上手く美しく描けないことが解ってきたのです。



アランさんは、「水彩画は植物系の染料なので、月日が経つとペンキと同じように色が全部あせるんですよ。せっかく絵を描くなら長い年月が経っても色あせしないものにしたかったので、ストレスを感じつつも、油絵の具を使うしかなかったんです」と言います。

そこで、アランさんは「同じ油絵でも中世ヨーロッパ時代の作品の方がディティールが全然綺麗である」と知って、「それができたのは何故だろう?」と色々調べました。

その結果、キャンバスが違うことが判りました。

現在、使われているキャンバスは凹凸が目立ちますが、昔は麻を使っていて平らでした。

その上に兎膠(にかわ)を塗って紙やすりで研ぐというのを繰り返して、凹凸をどんどん落としてツルツルの表面にしていたのです。

次に、油絵の具のネトネトをもっとサラサラにする方法を調べてみました。

キャンバスに兎膠を塗るのなら、顔料に兎膠を混ぜて絵の具を作ったらどうかと思ってやってみたら、すごくサラサラした液体的な絵の具になり、より植物をイメージ通りに表現できる絵の具に近づいているなという手応えを感じたそうです。



高校生の頃も画家になりたいと本気で思っていたアランさんは、美大へ進学するつもりでした。

しかし、弁護士だった父親は「絵を描くことは趣味ならいいけど、職業にするのは駄目だ」と大反対しました。

画家は自立して生活するのが難しい職業だし、結婚や子供を持ちたいなら尚更無理があると。(ミシェルのお父さんも親に同じことを言われ、建築デザインに進みました

それでも、「一生一人になっても構わないから画家になりたい」と思っていたアランさんは、父親と相当やりあったそうです。

親子の関係が険悪になったのを見かねた祖母が、アランさんの父親に「お前も若い頃は夢を抱いていたことを忘れたのかい? 子供の夢を応援してやりなさい」と説得してくれました。

父親も自分の母の言葉には逆らえず、「アメリカでトップの美術大学に入学して、美術家としてちゃんとした教育を受けるならば許す。もし入学できなければ画家の道は諦めろ」と条件付きでチャレンジすることだけは認めてくれました。

この時、父親は「アランさんが、この条件をクリアするのは絶対に不可能だと思っていたからこそ認めたのだ」と、後になって告白したそうです

アランさんが受験した大学は、スミソニアン美術館の館長が学長を務めるカーネギーメロン大学という全米トップクラスの大学の芸術学部で、入学倍率は50倍という難関でした。

更に大変だったのは、試験を受けるに際して、50点もの作品を提出しなければなりませんでした。

大学はアメリカでトップクラスの芸術学部だけあって大変厳しく、入学時に90名いた同級生は、最終的に15名しか卒業できませんでした。



大学に入学した頃、アランさんがプロの画家になるきっかけとなった大きな出来事がありました。

ある公募展に、膠を混ぜた絵の具で描いた作品を出品したところ、それを見たお客さんから「よく解らないけど、この絵は昔から日本で使われている技法で描かれた絵と似ているね」と言われたそうです。

それを聞いて、アランさんは「自分の発明だと思っていた技法が、日本ではずっと昔からあったのか!」 と大きな衝撃を受けました。

アランさんは「日本に行ってもっと知りたい」と思い、大学入学後1年が終わったタイミングで休学し、日本に行くことにしました。



来日して最初に住んだのは愛媛県の新居浜市でしたが、そこの画材店で天然の鉱石を粉末状にした顔料である岩絵具と出会った時は衝撃を受けたそうです。

アランさんがアメリカで使っていた化学顔料はプラスチック的で、植物などの自然を表現するにはどうしても好きになれず、大きな悩みのタネでしたが、岩絵具は色あいや発色が素晴らしく、色あせもしない素晴らしい絵の具だと感じたのです。

アランさんは、アメリカで兎の膠を使っていましたが、もの凄く臭くて濁っていました。

しかし、日本では昔から鹿の膠が使われていて、臭わないし透明度が凄く高いので、顔料が綺麗に見えることにも感動しました。

カーネギーメロン大学を卒業したアランさんは、1987年、日本へ移住して画家活動をすることを決めました。

1989年には東京藝術大学の加山又造研究室に入学し、日本画を本格的に学びます。

その後、東京の谷中に自動車整備工場を改築したアトリエ兼ギャラリー「繪処アラン・ウエスト」を構え、日本画の制作に勤しんでおられます。

余談ですが、アランさんは、東京藝術大学大学院に合格した頃、日本人女性と婚約しました。

しかし、最初は女性の父親に反対されたそうです。

アランさんは「当然ですよね。こんな20代の素性もよく判らない絵描き志望の外国人が娘を幸せにできるのかと父親は不安に思うでしょ。もし僕に娘がいて、僕のような男を連れてきたら同じように思います」と笑います

それでも、アランさんが「娘さんと結婚させてください」とお願いに行ったら、父親は「東京藝術大学の大学院に合格したら結婚を許す」と言ってくれたそうです

アランさんの父親と奥様の父親は、共に、自分の子供のことを心配して同じような厳しい条件を設定したのでしょうね



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No title

カリーノパパさんが言われるように、日本人が日本の伝統を忘れようとしている現代に、日本人以上に日本の伝統を学んでいる外国人がいることに驚きます。
また、その方々が日本の伝統の良さを日本人以上に理解評価していることに感嘆します。
一方で、日本人として反省しなければとも思ってしまいます。

Re: No title

>KENTさん
世の中には凄い外国人がいて、ビックリします。
日本人であれ、外国人であれ、日本の伝統を学んで守ってくれる人がいることは嬉しい限りです。
日本の素晴らしい伝統が消滅してしまうことだけは避けたいと思います。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

2018.5.5永眠、享年14歳10ヶ月

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

●コメントは、ありがたく拝見し、返信させていただきます。

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