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憧れのスキー選手達



上の写真の中央にいる人物は、1956年のコルチナ・ダンペッツオ・オリンピックにてアルペンスキー3種目(回転・大回転・滑降)で金メダルを獲得したトニー・ザイラーさんです。

このオリンピックの回転で銀メダルを獲得したのが、写真の右側にいる猪谷千春さんです。

その速さから「黒い稲妻」とも言われたトニー・ザイラーさんは、大変ハンサムでもあったので、引退後は映画俳優としても活躍しました。

ミシェルのお父さんがロンドン勤務当時に家族で、オーストリアの有名なスキー場であるキッツビュールにスキー旅行に行きました。

そして、YUKIお姉さんが、トニー・ザイラーさんが校長を務めるスキー学校に入学しました。

最後の日にフランス国家検定のスキー試験を受けたのですが、見事に合格し、校長のトニー・ザイラーさんからメダルを授与してもらいました。

これには、YUKIお姉さんよりも、ミシェルのお父さんの方が興奮してしまいました

余談ですが、猪谷千春さんは、引退後にAIU(アメリカの保険会社)の社長・会長にまで出世されました。

猪谷千春さんは、現在の天皇が皇太子であった頃にテニス友達だったのですが、その頃、美智子様は皇太子よりも猪谷千春さんの方に憧れていたという噂もあるようです



上の写真の中央にいる人物は、1968年のグルノーブル・オリンピックにてアルペンスキー3種目(回転・大回転・滑降)で金メダルを獲得したジャン・クロード・キリーさんです。

キリーさんが活躍した頃は、ザイラーさんの頃よりも専門化(回転・大回転の専門選手や滑降の専門選手)が進んでいたので、3種目に金メダルを獲得するのは奇跡とも言えました。

キリー選手は、滑降用のスキーだけで15本も用意し、それぞれに異なるワックスを塗っていたと言われていますが、気に入ったスキーのワックスが練習で殆ど無くなった状態で試合に臨んだにもかかわらず優勝しました。

ワックステクニックというのは大変難しく、距離3km程度で標高差1,000m程度の滑降コースの場合、標高差の雪質に合わせて3種類位のワックスを重ね塗りします。

そして、ワックスは極秘扱いされ、ワックスの専門家(ワックスマン)が他のチームに見られないようにして塗っています。

ザイラーさんは、世代が違い過ぎて名前に憧れていましたが、キリーさん世代が近いこともあって、ミシェルのお父さんにとっては真の憧れの選手でした



上の選手は、フランスの回転スペシャリストであったパトリック・リュッセルさんです。

パトリック・リュッセルさんは都会育ちの大学生スキー選手でしたが、1969~1970年頃のワールドカップにおける回転と大回転で何度も優勝しました。

彼が活躍する以前のスキーは、「前傾」と言ってスキーの前側に荷重するのがセオリーでしたが、リュッセルさんは、まるで椅子に腰かけているような姿勢でスキーの後ろ側に荷重し、ターンの後半でスキーを加速していたのです。

この技術は、それまでのセオリーとは対極的なもので、スキー界に大きな衝撃をもたらしました。

グルノーブル大学教授であったジョルジュ・ジュベールさんが当技術を研究し、グルノーブル大学の学生だったパトリック・リュッセルさんを通じて、その技術の優秀さを実証したという訳です。

余談ですが、当時のフランス男子チームには、アンリ・デュビラールという名の滑降スペシャリストがいました。

日本人のように小柄だったのですが、滑降で何度も優勝し、ミシェルのお父さんにとっては憧れの選手の一人でした。

ANRIお姉さんの名前の由来の一因でもあります



上の写真の女性は、1976年のインスブルック・オリンピックに西ドイツ代表として出場し、滑降と回転の2種目で金メダルを獲得し、大回転で銀メダルを獲得したロジー・ミッタ―マイヤーさんです。

ミシェルのお父さんより1歳年上のミッタ―マイヤーさんは、ドイツ人として、スキー選手としては小柄な女性でした。

それにもかかわらず、回転・大回転・滑降とも強い稀有な選手でした。

ミッタ―マイヤー選手は、滑降競技中の転倒で2回ほど頭がい骨骨折を経験しています

当時の滑降競技は、安全対策は殆ど無く、生身の身体で最高130~150km/時の速さでコースを滑り降りていたのです。

選手はヘルメットをかぶっていますが、高速でアイスバーン状のコースを転倒すると、ヘルメットが割れてしまいます。

当時は、コース脇に安全ネットも緩衝材も無かったので、岩肌にぶつかったりして、毎年何人かの選手が死亡しました。



上の写真の人物は、オリンピックで3つのメダルを獲得したイタリアのグスタヴォ・トエニさんです。

トエニさんが活躍する以前のイタリアは、スキーのアルペン競技において強い国ではなかったのです。

しかし、トエニさんがパトリック・リュッセルと同様のテクニックを駆使して回転と大回転に優勝するようになり、一躍アルペン競技の強豪国の一つになりました。



上の写真の人物は、「史上最強の天才スラローマ―(回転選手)」と言われるスウェーデンのインゲマル・ステンマルクさんです。

ステンマルクさんが活躍する以前のスウェーデンは、スキーのアルペン競技においては弱い国でした。

また、ステンマルクさんが活躍する以前の回転や大回転競技は、100分の1秒単位で順位が争われていました。

しかし、ステンマルクさんが優勝しだすと、1位と2位の差が、しばしば5秒前後という異次元の大差となることがありました

そんなステンマルクさんの圧倒的勝利が続くと、ライバル選手達は「ステンマルクに次ぐ2位は、優勝と同じ価値がある」と言うほどになりました。

ステンマルクさんが、それまで無名だった「ELAN(エラン)」というスキーを使用していたことも衝撃でした。

当時は、フランスやオーストリア製のスキーが主流だったので、ステンマルクさんの活躍によって、スロベニア製のELANは一躍注目を浴びました。

ミシェルのお父さんは、早速、ステンマルクさんが使用していたスキー帽子とELANを購入しました



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テーマ : スキー
ジャンル : スポーツ

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No title

私は、カリーノパパさんのようにスキーが上手い訳でもなく、スキー競技をしたこともありませんが、それでも知っているスキー選手がいます。
中でもキリー選手は、私のような者でも憧れるような当時のスター選手だったように思います。
グルノーブルオリンピックを映画にした「白い恋人たち」を見に行きましたし、大ヒットしたフランシスレイのテーマ曲も大好きでした。

Re: No title

>ジョンパパさん
昔は、スキーでも多くの人に知られたスター選手が大勢いたように思います。
キリー選手は、その代表です。
「白い恋人たち」は、映画も音楽も素晴らしかったように思います。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

2018.5.5永眠、享年14歳10ヶ月

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

●コメントは、ありがたく拝見し、返信させていただきます。

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