パラオとの絆



今年の4月に天皇皇后両陛下が慰霊の為に訪問されたパラオは、第二次世界大戦当時に日本軍と米軍が激戦を繰り広げた場所として有名です。

そのパラオは、1855年にスペインの植民地になりました。

スペイン人らによって天然痘などが持ち込まれたことや、植民地支配での略奪や殺戮などが行われた結果、パラオの人口は90%も減少したと言われています。

そのスペインは、パラオを含むスペイン領ミクロネシアを450万ドルでドイツに売却しました。

第一次世界大戦が始まると、1914年にドイツに対して宣戦布告した日本はパラオに海軍を派遣し、ドイツ守備隊を降伏させてパラオを解放しました。

そして、1919年の「パリ講和会議」により、パラオは日本の委任統治領になりました。



日本政府は、当時の首都であった「コロール」に南洋庁及び南洋庁西部支庁を置き、パラオは日本の南洋周辺諸島を統治する中心的な島になりました。

委任統治時代、日本は、パラオで学校・病院・道路などのインフラ整備を行ない、コロールなどを近代的な都市へと変貌させました。

パラオの国民に親日家が多い理由の一つです。

上の写真の島は、第二次世界大戦当時、最大激戦地の一つであったパラオのペリリュー島です。



熊本県出身の中川州男(なかがわくにお)陸軍大佐は、1943年6月、守備隊長としてパラオに配属されました。

赴任前、夫人に任地と任務を尋ねられた際、中川大佐は「永劫演習さ」(帰還を望めない戦場)とだけ答えたそうです。

中川大佐は合理的精神の持ち主で、当時の軍隊では当たり前であった「鉄拳制裁」を禁じたことでも知られています。



1944年9月15日、アメリカ軍がペリリュー島に上陸し、熾烈な戦いが始まりました。

圧倒的に物量に勝る米軍は「こんな小さい島の戦闘は、2~3日で片付く」と考えていましたが、実際には2か月半にも及びました。

その理由は、中川大佐が事前に多数の洞窟を掘り、島を要塞化していた為です。

硬い岩をツルハシで掘るのは容易ではなかったのですが、日本に対して好意を持つペリリュー島民が協力を申し出てくれ、要塞化を完成することができました。

戦闘が始まる直前、ペリリュー島民が「一緒に戦わせて欲しい」と申し出ましたが、中川大佐に「帝国軍人が貴様ら土人と一緒に戦えるか。直ぐに島を出て行け!」と極めて冷酷に拒否され、ペリリュー島民は「今までの友情は見せかけだったのか」と失意を抱いて船で島を離れました。

ところが、船が島を離れた瞬間、中川大佐と部下の兵士達が、浜辺で敬礼をしながらペリリュー島民を見送りました。

ペリリュー島民は、その時「中川大佐が支援を冷酷に拒否したのは、自分達を救う為だった」と悟りました。



日本軍10,500名に対して、米軍48,740名+航空機による爆撃と軍艦からの艦砲射撃でした。

その結果、日本軍戦死者10,695名+捕虜 202名、アメリカ軍戦死者1,794名+戦傷者 8,010名という凄惨きわまる戦いでした。

しかし、中川大佐は「ペリリュー島民を戦火に巻き込んではならない」と指令を出していて、ペリリュー島民を強制退避させたことにより、島民の死者と負傷者は0名だったと言われています。

戦争を美化することは決して許されませんが、悲惨な戦争の中で、このような「温かな思いやりの心」があったことは、せめてもの救いです。



パラオには、今でも幾つかの日本語がパラオの言葉として残っています。

「カジマ」という言葉も、その一つです。

パラオでは、「強い」ことを表現する際に「カジマ」という言葉を使っています。

主要島であるバベルダオブ島とパラオ最大の都市である旧都コロールがあるコロール島とは、KBブリッジという橋で繋がっています。

最初のKBブリッジは韓国の建設会社によって造られたのですが、1996年、突然に崩落してしまいました。

困ったパラオの要請により、日本の無償援助で新しいKBブリッジが造られることになりました。

その工事を担当したのが、日本の鹿島建設でした。

新しいKBブリッジが「強い橋」だったことから、パラオの人達は「強い=カジマ」と言うようになった次第です。

ミシェルのお父さんが勤めていた鹿島建設が、海外で喜ばれる仕事をしたことを知り、お父さんも嬉しい気持ちになりました。



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No title

悲惨な戦争において、このような温かい心づかいがあったことを知って感動しました。
同時に多くの人達が戦争の犠牲になったことを思うと、やはり戦争は絶対に許されないことだと再認識しました。
国会では戦争法案が審議されていますが、第二次世界大戦の過ちを二度と繰り返してもらいたくありません。

No title

天皇陛下が、全国戦没者追悼式で「先の大戦に対する深い反省」と言及されたことについて、米主要メディアは「安倍首相の談話とは対照的」と報じたそうです。
そして、ニューヨークタイムズは「安倍首相の政策に対する静かな反対」との見方を示したそうです。
「悲惨な戦争を二度と繰り返してはならない」と思われる天皇陛下と、再び戦争の可能性を強めている安倍首相の姿勢を見事に言い当てているように感じます。

Re: No title

>KENTさん
KENTさんが仰るとおりだと思います。
戦争は、二度と起こしてはいけませんね。

Re: No title

>ジョンパパさん
天皇陛下は戦争の悲惨さをよく御存知で、二度と戦争を起こしてはいけないと強く感じておられることがヒシヒシと伝わって来ます。
一方で、誤った歴史認識を持つ安倍首相が、再び日本を戦争のできる国に変えようとしていることに強い危機感を感じます。
天皇陛下も大きな危機感を感じておられるので、全国戦没者追悼式で「先の大戦に対する深い反省」と言及されたのだと思います。
一刻も早く、真に平和を大切にする首相が出現して欲しいと強く願います。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

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