スナヤン・プロジェクト


本日は、前回の記事の続きです。

ミシェルのお父さんは、ロンドン勤務が10年経過した時、インドネシアのジャカルタに転勤の話がありました。

ロンドンの建設ブームも一段落した頃で、他の国へ行くのに良いタイミングでした。



インドネシアのジャカルタでは、お父さんが勤める会社が、大規模な開発事業を行おうとしていたのです。

開発事業の名前は、地区の名前をとって「スナヤン・プロジェクト」と呼ばれていました。

上の完成予想図が、プロジェクトの全貌です。

敷地面積は約20ヘクタールもあり、その中に次のような建物が建設されます。

① プラザ・スナヤン(ショッピングセンター)

② セントラル・スナヤン1(オフィスビル)

③ アパルトメン・プラザスナヤンA棟&B棟(アパート)

④ セントラル・スナヤン2(オフィスビル)

⑤ セントラル・スナヤン3(オフィスビル)

⑥ アパルトメン・プラザスナヤンC棟&D棟(アパート)

⑦ フェアモント・ホテル・ジャカルタ(ホテル)



お父さんは、当開発事業の為に設立された現地法人会社の建設担当役員に内定し、1997年の4月に、一旦、日本に任期満了帰国しました。

(上の写真は、プラザ・スナヤンの一部です)



ロンドンから日本への帰国に際して、最も頭を悩ましたのが、長女のANRIお姉さんの教育です。

当時、ANRIお姉さんは中学2年生になっており、ロンドンではトップクラスの「Channing School(チャニング・スクール)」という中高一貫の名門女子校に通っていました。(上の写真が、校舎の一部です)

学齢的にANRIお姉さんをジャカルタに連れて行くのは問題があると考え、英国内で寮がある学校を探しましたが、時間が少なくて探しきれませんでした。

そこで、アメリカのニューヨークの郊外にあり、寮もある「慶応ニューヨーク校」を受験させることにしました。



慶応ニューヨーク校は慶応大学の付属高校ですが、アメリカの高校として認可されており、授業もアメリカの高校と同じように行われます。(上の写真が、校舎の一部です)

その為、卒業すれば、アメリカの大学の受験資格を有します。

慶応ニューヨーク校は、ニューヨークの北方の「ホワイト・プレインズ」という町にあり、校舎は森に囲まれていて、素晴らしい環境に恵まれています。

お父さんは、ANRIお姉さんを伴ってアメリカまで行き、受験に付き合いました。

受験は、ペーパーテスト、個人面接、親子面接があり、親子面接でANRIお姉さんが立派な回答をし、お父さんが「いつの間に、こんな立派なことを言えるようになったんだ」と感激したことが、今では想い出の一つになっています。

また、慶応ニューヨーク校を受験するのは、父親がアメリカで働いている子が多いのですが、その子達が、ANRIお姉さんの話すクイーンズ・イングリッシュを聞いて、異口同音に「かっこいい~」と言った時には、思わず微笑んでしまいました。

幸い入学試験には合格しましたが、新学期が始まるのは9月からなので、それまで日本の学校に通う必要もありました。

そこで、調布の近くにある「桐朋女子中学校」の試験も受けることになりました。

このようにして、なんとかANRIお姉さんの教育問題を解決してきましたが、このあと、お父さんの方にも思わぬ問題が生じてしまいました。

任期満了帰国すると、2週間の休暇が与えられますが、その休暇中に国際事業本部の本部長(常務取締役)から呼び出しがありました。

本部長は、「伊藤忠さんがロンドンで開発事業を行うことになり、指名で、あなたに開発事業の手伝いをして欲しいと言っておられる。当社としては、ジャカルタへの赴任が内定しているということで断ったが、伊藤忠さんから、それでは入札に参加させられないと言われてしまった。しかし、当社のロンドン事務所は、入札に参加したいと言っている。そこで、あなたの気持ちを聞かせてもらたい」と語りました。

伊藤忠さんは、お父さんの「設計経験、工事経験、ロンドンでの経験と実績」を高評価して、指名してくださったのです。

お父さんは、既にジャカルタへの赴任を前提に帰国していたので、大いに戸惑いましたが、最終的には「会社の考えを尊重します。もし、伊藤忠さんの入札に参加したいということであれば、私は、その意志に従います」と回答し、休暇明けに2度目のロンドン赴任となりました。

人生においては、時々、思いもよらないことが起きます。

あとで考えると、会社員としては、ジャカルタの開発事業に参画した方が賢明だったように思えます。

しかし、伊藤忠の開発事業に関わったお蔭で、普通では得難い数多くの貴重な経験をしましたし、一緒に開発事業を進める苦労をした伊藤忠のNさんとは、その後も兄弟のような付き合いをさせて頂いています。

正直言って、何れの選択が良かったのか判りませんが、人生一度きり、これからも前を見て進むしかありません




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No title

改めて、パパさんが素晴らしいお仕事をしてこられた事に
感服致しました。そして、そんなパパさんのお仕事ぶりを
ちゃんと見ていて下さった事が、又素晴らしいと思います。
思いがけず、ジャカルタのプロジェクトの参加は無くなり
ましたが、乞われてロンドンへ再赴任された事、素晴らし
いと思います。前を向いて生きてこられたパパさんのこれ
からも、きっと素晴らしい出会いの連続の様な気がします。

お嬢さん方も、幼い頃から外国の素晴らしい文化に触れて、
国際感覚を身につけられて、素晴らしいですね。ANRIお姉
さんは素晴らしい語学力を身につけてのニューヨーク移住
でしたが、英語も話せないで13歳でアメリカに渡った
テニスの錦織君の行動力を改めて凄い、と思いました。

No title

ロンドンの開発事業も大きなビルですが、スナヤンプロジェクトは、大きなビルが何棟もタ建つ開発事業なのですね。
何れに参画されても、すごい仕事だと思います。
それにしても、任期満了帰国して2週間後に再度ロンドンに赴任だなんてビックリです。
お嬢さんの学校問題も大変だったでしょうが、短期間に家財一式を海を越えて2回も移動させるのも大変だったのではないですか?

Re: No title

>勘太―モモのママさん
カリーノパパのことは、社内よりも他の会社の方が高く評価してくれていたように思いますv-410
カリーノパパは、イエスマンでなかったことと、社内よりも顧客の方を向いて仕事していたことが、そのような評価になった原因だと思います。

ジャカルタのプロジェクトも大変魅力的な仕事でしたが、乞われてロンドンへ再赴任になったことは、客先に感謝しないといけないと思っています。
反省の多い人生ですが、今後も、なんとか前を向いて生きていきたいと思います。

娘達はどう思っているか解りませんが、私から見ると、幼い頃から外国の文化に触れられた娘達を羨ましいと思います。
歳をとってから海外に出るよりも、少しでも若い内に海外に出た方が良いと思います。
錦織選手も13歳でアメリカに渡り、世界最高のテニス環境で練習をつんだからこそ、世界のトッププレイヤーになれたのだと思います。
もし日本に残っていたら、恐らく平凡な選手で終わったように思います。

Re: No title

>デュークパパさん
スナヤンプロジェクトは、めったにない大規模な開発事業でした。
「逃した魚はでかい」という例でしょうかねv-410
今にして思うと、「もったいなかった」と言えなくもありませんが、ロンドンの仕事も大変貴重な経験でした。

任期満了帰国して2週間後に、再度、同じ国に赴任した人なんて、殆どいないでしょうねv-410
仰るとおり、娘の学校問題も大変でしたが、短期間に2回も家財一式を海外引っ越しをさせるのは大変でした。
ロンドンを発つ時は、まだ新車状態だったベンツを売却してしまいましたが、再びロンドンに赴任した時は、また車を購入しなければならず、経済的にも大変でした。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

●コメントは、ありがたく拝見し、返信させていただきます。

●リンクフリーです。貼ったり剥がしたり、ご自由にどうぞ。

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