反戦への思いを込めて



ミシェルのお父さんは、60歳で勤めていた会社を辞めましたが、82歳になっても映画監督としてメガホンを持ち続けている女性もおられます。

女性の名前は、山田火砂子さん。

山田さんは、戦後、女性バンド「ウエスタン・ローズ」で活躍され、舞台女優を経て映画界に入られました。

プロデューサーとして、夫の山田典吾監督と「蟹工船」、「裸足のゲン」などの社会派映画を作られました。

そして、山田典吾監督が亡くなった後、70歳から監督もやられるようになったのです。



今回、山田さんが監督をやられる映画は、満蒙開拓団の悲劇を描いた「望郷の鐘」です。

なぜ今、満蒙開拓団なのでしょうか?

戦争の実体験をもつ山田監督は、ゼロ戦を格好良く描いた戦争映画を見て、劇場内でオイオイ泣いている若者達を見て愕然としました。

日本政府の武器輸出三原則の撤廃や憲法解釈による集団的自衛権容認も許しがたいことながら、若い人達の戦争への憧れに危機感を持たれたと言います。

山田さんは「戦争が格好いいはずは無い」と断言します。

山田さんは「戦争を知っている人も知らない人も、戦争とは悲惨なものであることを解って欲しい。平和な日本であり続けて欲しいから、若者にこの映画を見て欲しい」と、その熱い思いを語ります。



映画「望郷の鐘」は、中国残留孤児の父と言われる山本慈昭さんの半生を通じて、国策の過ちで犠牲となった長野県の満蒙開拓団の悲劇を描いています。

山田さんは、児童書の「望郷の鐘」に出会い、終戦のわずか3カ月前に満蒙開拓団が送り出されたことを知りました。

約27万人の開拓団の人達は、終戦直前の旧ソ連参戦で置き去りになってしまいました。

日本へ、故郷へ帰ろうと逃げまどい、飢えや寒さでバタバタと多くの人が亡くなりました。

そして、多くの残留婦人、残留孤児ができてしまったのです。



中国残留孤児の父「山本慈昭」さんは、1902年に信州の古い城下町の飯田市伝馬町に生まれ、1932年に南信州阿智村駒場の長岳寺の住職になりました。

1945年5月、満蒙開拓団阿智郷(参加者330人)の小学校教諭として、51名の生徒と共に満蒙に赴きました。

3月に東京大空襲(死者10万人)があった直後で、沖縄は陥落寸前という状況であったにも関わらずです。

4ヶ月後の8月には、ソ連軍の参戦侵攻があり、敗戦。

生きて帰ったのは42名、そのうち生徒は5名でした。

山本さんは奥さんと2人の子供を連れいましたが、自身はソ連軍によってシベリアに抑留され、帰国後に家族の死を伝えられました。

24年後の1969年、臨終の床の村民から長女啓江さんが生存しているのではないかという話を聞きました。

1972年、日中共同声明により国交が開かれ、山本さんの中国残留孤児探しの活動が始まります。

1980年、80歳の時に残留孤児の訪中調査に赴きました。

315人の孤児に面会し、その調査報告が翌81年の第1回47人の残留孤児の来日に結びつきます。

孤児といっても年齢は40代です。

この時の肉親判明者は24名で、肉親不明の23人に対して、山本さんは「今日から私が皆さんの父親になります。いつでも日本に来てください。私の家に来てください。待っています」 と話しました。

山本さんは、年金と住職としてのわずかな収入の殆どを、この運動の為に使われました。

山本さんの思いは、満蒙の地に散った教え子達への贖罪だったのでしょうか?

その後、肉親に巡り会えなかった方の一人が、山本さんの娘さんを探し出してくれたそうです。

山本さんは「90歳,100歳までこの仕事を続ける」と頑張っておられましたが、88歳で天寿を全うされました。


満蒙:満州・モンゴル地域



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No title

山本慈昭さんの詳しいお話を初めて教えて頂きました。
本当に有難うございます。満豪開拓団の悲劇と、その
後、中国残留孤児の方々の為に尽力された事…本当に
戦争が生んだ悲劇で傷ついた方々へ心を寄せられた
人生でしたね。感動致しました。有難うございました。

盲導犬のオスカー君の事、NHKのニュース7で取り上げ
られましたね。全国から犯人への怒りの声とオスカー
君の健気さへの称賛の声があがっているのですね。
本当にこの犯人を許せません!そして、オスカー君が
怯む事なく、変わらず飼い主さんに寄り添っている事、
改めて感動しました。

No title

ゼロ戦を格好良く描いた映画って、右翼的発言が多い百田尚樹の「永遠のゼロ」のことかもしれませんね。
彼の友達の安倍首相もその映画を見て感激していたそうです。
類は友を呼ぶという典型的な例でしょうね。
このような映画を宮崎駿さんは大いに批判しておられました。
山田さんも同様で、著名な方々が戦争反対の意思表示をしてくださるのは、とても心強く感じます。
二度と満蒙開拓団のような悲劇を繰り返さない為にも、これからも戦争反対を訴えていきたいと思います。

Re: No title

>勘太―モモのママさん
年金と住職としてのわずかな収入だけで、88歳まで残留孤児の為に尽力された山本慈昭さんには、本当に頭が下がります。
このような悲劇を二度と繰り返さない為にも、これからも平和な国であって欲しいと思います。

盲導犬のオスカー君の事は、今、NHKと民放各社が取り上げて放送してますね。
オスカー君のことを知った人達は、皆さん「絶対に許せない」と怒っておられるようです。
これをきっかけに、盲導犬に対する理解が向上することを願って止みません。

Re: No title

>MACさん
恐らく百田尚樹氏の映画のことだと思います。
この人の発言を聞いていると、右翼と思われても仕方がない内容が多く、このような人が、公平中立であるべきNHKの経営委員をしているというのも、誠に不思議な感じがします。
しかし、このような人に憧れる若者も多いと聞きますが、非常に危険な気がします。
日本政府には、二度と満蒙開拓団のような悲劇を繰り返してもらいたくありません。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

●コメントは、ありがたく拝見し、返信させていただきます。

●リンクフリーです。貼ったり剥がしたり、ご自由にどうぞ。

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