惻隠の情

昨日、憲法の本質を曲解して、「集団的自衛権」なるものを閣議決定したそうです。

日本が世界に誇るべき「平和主義」の大転換ですが、安倍首相は「武力行使が許されるのは、自衛のための必要最低限度」と語りました。

しかし、アメリカが攻撃された場合、集団的自衛権の行使によって、日本がアメリカの戦争に加担することになります。

ところが、安倍首相は「外国を守る為に日本が戦争に巻き込まれるという誤解がある。しかし、そのようなことも有り得ない。憲法が許すのは、あくまで我が国の存立を全うし国民を守るための自衛の措置だけだ。外国の防衛それ自体を目的とする武力行使は今後とも行わない」と強弁しました。

日本国民が、日本の首相の言葉を信じられなくなることは、誠に情けなく感じます。

政府が決めた戦争の為に、兵隊さんは、否応なく相手国の兵隊さんを殺さなければなりません。

そんな悲惨な戦争ですが、第二次世界大戦中に、日本の「武士道」とは何かを見せてくれた軍人がいたことを知り、胸が熱くなりました。



写真の人物は、元海軍軍人の工藤俊作中佐です。

1942年3月、駆逐艦「雷(いかづち)」艦長時、インドネシアのスラバヤ沖海戦で撃沈された英国艦船「エンカウンター」の乗組員422名を救助しました。

工藤さんは、1901年に山形県の農家の次男として生まれ、1920年に海軍兵学校に入学しました。

当時の校長は、後に総理大臣になった鈴木貫太郎で、工藤さんは、ここで「武士道」の中でも最も大切とも言われる「惻隠の情(そくいんのじょう)」を学びました。

「惻隠の情」とは、強い者が弱い者をいたわる心です。



1940年11月、工藤さんは駆逐艦「雷」の艦長となり、スラバヤ沖海戦に参戦しました。

その際に、掃討戦において撃沈された英国海軍の駆逐艦「エンカウンター」の乗組員422名が海上を漂流しているのを発見しました。

工藤艦長は迷いました。

敵兵を助ければ「非国民」扱いされ、このまま見捨てれば422名は確実に死ぬ。

迷った挙句、工藤艦長は部下達に「全員救助せよ」との命令を下しました。

しかし、衰弱しきっている漂流者は、自力で梯子を上ることもできません。

それを見ていた工藤艦長は、「船を動かす最低人数以外の者は、全員救助にあたれ」と命令をくだします。

最も危険な海域で、戦闘配置を離れて救助作業を行うことが如何に危険なことかは、誰よりも知っていたにも関わらずです。

しかも、部下達は「自分達よりも人数の多い敵兵を助け、元気になれば殺されるかもしれない」と思い、漂流者達は「助けてくれるはずがない。きっと殺される」と思っていました。

救助のあと、英国の兵隊さん達を前にして、工藤艦長は「あなた達は、国の為に立派に戦いました。戦いが終わったあとは、あなた達は日本の大切なゲストです」と語りました。

まさに、「武士道」が大切にする「惻隠の情」です。

棄権を顧みずに救助にあたった部下達には、「艦長の為なら命を投げ出す。男が男に惚れた」という思いがあったそうです。(工藤艦長は、当時は当たり前だった「鉄拳制裁」も廃止していたそうです)



工藤艦長は、上官であった南雲中将(のちにサイパン島で自決)に報告しましたが、南雲中将は「ことが公になれば、お前は非国民扱いされる。しかし、お前のやったことは正しい。このことは、伏せておこう」と庇ってくれたそうです。

工藤さんは、その後、駆逐艦「雷」の艦長から駆逐艦「響」の艦長に変わりました。

そして、駆逐艦「雷」は敵国に撃沈され、かっての部下は全員戦死しました。

戦死した部下達を思いやる気持ちからか、工藤さんは、退役後、誰とも連絡を取らず、ひっそりと余生を過ごしたそうです。

このような訳で、422名もの命が救われたことは、永久に公になることは無いところでした。

一方、救われた英国の兵隊さんの中に、サム・フォールという名の中尉さんがいました。

フォールさんは、退役後に外交官となり、のちにエリザベス女王から「サー」の称号を頂くほど活躍されたそうです。



外交官を退任したあと、フォールさんは「MY LUCKY LIFE」という自叙伝を書きました。

その本の中に、自分が第二次戦争中に日本国海軍の駆逐艦「雷」に助けられたことを書いたのです。

そして、恩人である工藤さんの消息をずっと探し続けていました。

ファールさんが工藤の消息をようやく探し当てた時には、工藤さんは既に他界していました。

フォールさんは、歳をとって心臓が弱っていましたが、「せめて工藤さんの墓参りと遺族へ感謝の気持ちを伝えたい」と思い、2003年と2008年に来日しました。

フォールさんが実際に墓参りを実現できたのは、救助の日から66年後の2008年のことでした。

日本には、ミシェルのお父さんが大好きな「武士道」があります。

そして、お父さんにとって「第二の母国」でもある英国では、「騎士道」が大切にされています。



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No title

お恥ずかしいですが初めて知りました。
カリーノパパさんは博学ですね。いつも記事に驚かされます。
ホーリーおじさんは地図とゴルフだけの薄学です(お恥ずかしい限りです)
トルコ海軍遭難記事は時々見ることができますが
今回の記事で422名の兵士を救出したとは驚きです。なぜ今まで紹介されなかったのか不思議です。
パパさんこれからもおじさんの知らない出来事記事にしてください。
ありがとうございました。

No title

パパさん、又、素晴らしいお話を本当に有難う
ございます。
工藤俊作中佐の事、私も初めて剃りました。
自分達も命の危機にさらされている時に、敵の
軍人さんを全て救おうと懸命の努力をされて…。
本当に胸が熱くなり、同じ日本人としてとても
誇らしく思います。
お墓参りに来日して下さったサム・フォール中尉、
有難うございます。
パパさんに心から感謝致します。

Re: No title

>ホーリーおじさん
トルコの海難事故は有名ですが、今回の話を御存知の方は少ないと思います。
戦争中に敵国の兵隊さんを救ったことは公に出来なかったことが原因だと思います。
救われた一人であるフォールさんが自叙伝を書いて、ようやく知られることになった訳ですから。
それにしても、日本の軍人さんの中には、素晴らしいサムライも居たのですね。

Re: No title

>勘太―モモのママさん
こちらこそ読んでいただき、有難うございます。
工藤俊作中佐は、この話を家族にもしていなかったようです。
仰るように、同じ日本人として誇らしく思いますよね。

カリーノパパにとっては、救われた人達が英国人だったことや、フォールさんが死ぬまで感謝の念を抱いていて下さったことが、殊更嬉しく感じました。
プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

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