ゴルフ2題

先日行われたダンロップフェニックストーナメントは、米国のブルックス・ケプカ選手(27)が20アンダーで優勝しました。

2位に9打差もつける圧勝で、かつ昨年に続く大会連覇でした。

2位には、米国と韓国とタイの選手が入り、日本人最高位だった松山選手は、首位と10打差の5位でした。

ケプカ選手は今年の「全米オープン」を制した若手選手ですが、2014年まで欧州ツアーに参戦しており、米国のトーナメントに出始めたのは2015年からです。

欧州ツアー1勝、米国ツアー2勝のケプカ選手が、大会の2~3日前に来日して、いとも簡単に2勝をあげてしまうところに、今の日本男子プロゴルフ界の実力が現れているように思えます。

しかも、賞金総額2億円、優勝賞金4,000万円という、日本では大きな大会であるにもかかわらず、テレビ中継もされないことに、今の日本男子プロゴルフ界の危機的状況が伺えます。

また、話題作りの為に、松山選手と尾崎将司選手を同組でプレイさせましたが、今の尾崎選手に対抗できるはずもなく、結局は、2日間14オーバーで予選落ちとなりました。

ちなみに、尾崎選手の過去6年間の成績は、88戦して、予選落ちが48回、棄権が39回、決勝進出が1回(51位、賞金30万円)という惨憺たるものです。

このような選手がレギュラーツアーに出場し続けているのは、世界中で日本のトーナメントだけです。(予選落ちはともかく、棄権が39回というのはプロ資格以前の問題です)

世界レベルのトーナメントでレギュラー参戦しているのは松山選手だけという実情を、日本プロゴルフ協会は真剣に考えるべき時期だと思えます。



一方で、今最も大事な時期だというのに、松山選手は政治の世界に利用されてしまいました

トランプ大統領来日に際して、安倍首相は再びゴルフのおねだりをし、松山選手まで引っ張り込んだのです。

本来、スポーツと政治は切り離されるべきものですが、そのような配慮とは無縁のようです。

そのような愚行を神様もお怒りになったのでしょうか・・・

上の写真は、霞が関カンツリー倶楽部の1番ホールにあるバンカーです。

バンカーにボールを入れた安倍首相は、バンカーからの脱出に2回失敗し、ようやく3回目で脱出に成功します。

その時点で、待ちくたびれたトランプ大統領と松山選手は先を歩いて行きます。



安倍首相はバンカーの跡ならしもせず、慌ててトランプ大統領を追い駆けようと、バンカーからの脱出を試みます。



ところが・・・

大して深くもないバンカーですが・・・

何故かよろめき、あろうことか、後ろ向きに転倒してしまいます



安倍首相は、まるで亀さんのように後方に転がっていきます

英国のリンクスコースにあるような深いタコツボバンカーならば、後ろ向きに転倒する可能性はありますが、浅いバンカーで、このような転倒の仕方をするのを見たのは初めてです

あまりに見事なコケっぷりに、英国BBC、米国ABC、米国NBCなどの海外メディアもこぞって取り上げ、安倍首相の醜態は世界中に拡散されてしまいました。(実際の転倒の様子は、Youtubeで視聴可能です)

一緒にラウンドしていた時は安倍首相の転倒に気付かなかったトランプ米大統領でしたが、後でテレビ映像を見たようで、「感動した。今まで見てきたどの体操選手よりも素晴らしかった」と同行記者団に語ったそうです

あまりの不思議な転倒に、仲間であるはずの自民党内では「健康不安説」まで囁かれているそうですが、日本の政治が転倒しないように、くれぐれも注意していただきたいと願います。



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メイプルポイントゴルフクラブ



お友達のKさんのお誘いで、先日、東京の企業が主催するゴルフコンペに行ってきました。

場所は、山梨県上野原市にあるメイプルポイントゴルフクラブです。

上の写真が、コース側から見たクラブハウスです。

1994年開場のゴルフ場ですが、バブルの頃に計画されたようで、クラブハウスは高級ホテルのように豪華です。



ゴルフ場を運営するのは、会員制リゾートクラブのリゾートトラストです。

コース設計は、名匠ピート・ダイ氏です。

コースは全体に緩やかなアップダウンがあり、小川や池やバンカーが巧みに配されています。

グリーンは全般的にうねりがあり、難しいピンの位置によっては、4パットすることさえあります

コースレートは73で、平均以上の難易度のゴルフ場に分類されます。



コンペ当日は約140名の男女が参加しましたが、このコンペの為にゴルフ場は貸切でした

普段から入場者数を制限しているのか、コースは大変良い状態にメンテナンスされていました



上の写真は、クラブハウスのエントランス部分です。

モダンさとカントリー調がミックスされたようなデザインです。



上の写真は、エントランス側からアプローチ部分を見た景色です。

一般道路から入ってくるアプローチ部分には多数の木が植えられ、美しい雰囲気を醸し出しています。



上の写真は、エントランスホール横にある受付部分です。

一般的なカウンター方式ではなく、高級ホテルのコンシェルジュのようなデスクで受付業務を行っています。

ロッカールームなども個室感のある造りで、高級な木製のロッカーが設置されています。

コンペはダブルペリエ方式(12の隠しホール)で行われ、幸運にも飛び賞が当たり、英国の高級家電メーカーであるダイソンの冷暖房器具をゲットできました



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テーマ : ゴルフ
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懐かしい光景



上の人物は、「情景師アラーキー」と呼ばれているジオラマ作家の荒木智さんです。

1969年に東京で生まれ、大学で工業デザインを学ばれた後、家電メーカーのプロダクトデザイナーになりました。

46歳になった2015年に独立し、「作る!超リアルなジオラマ」や「凄い!ジオラマ」などの著書を通じて自作のジオラマを紹介されています。



上の車は、フォルクスワーゲンのビートルです。

東京に行ってしまった農家の跡取り息子(車の所有者)を待ちわびる間に、車体は錆びだらけになってしまいました。

古い納屋の壁には、懐かしい「オロナイン」の看板が掛かっています。



上の車は、ミシェルのお父さんが会社に就職した頃に憧れた車の1台である日産の「フェアレディ―240Zです。」

車体は錆びだらけになり、特徴の一つであったオーバーフェンダーも後ろ側が無くなっています。

後輪はパンクし、前輪は外れており、代わりにブロックがかまされています。



ミシェルのお父さんが子供の頃、車やリヤカーで、石焼き芋を売りに来ました。

おじさんが小さなラッパを吹くと、「あっ、石焼き芋だ」と判ります

何故か、家で焼く石焼き芋よりも美味しいのが不思議でした



上のジオラマは、船を造る造船所の光景でしょうか。

船は漁船のようで、夜釣り用のランプが多数ぶら下がっています。



こちらのジオラマは、すさんだ町の一角のようです。

落書きだらけのシャッターの前には、ホームレスのようなおじさんが座っています。

こういう光景は、ロンドンやニューヨークのスラム街でも見かけたように思います。


余談になりますが、先日、岐阜の納屋で、世界で1台しかない「1969年型フェラーリ365 GTB/4 デイトナ」が見つかったそうです。

長年、その存在すら忘れ去られてしまっていたようで、見つかった時の車は、埃まみれの状態だったようです。

車はオークションにかけられ、その希少性もあって、約2億5千万円で落札されたそうです



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日本ゴルフ界の危機的状況



現在の日本のプロゴルファーで世界に通用するのは、松山選手ただ一人と言っても過言ではないように思えます。

その松山選手は、アメリカツアーに専念している為に、日本の試合には殆ど出られません。

先日、ミシェルが住む別荘地の隣りにある富士桜カントリークラブで、フジサンケイクラシックが開催されました。

しかし、今の日本の男子プロゴルフ界には、松山選手と石川選手以外に観客を呼べる選手がいないこともあって、会場は閑古鳥が鳴くような状態でした。(観客数は、4日間で約7千人)

人気が無い男子プロの試合数は減り続けていますが、これでは、更に減る可能性があるかもしれません



松山選手と並び、観客を呼べる数少ない日本の男子プロゴルファーが、石川選手です。

他人への応対の良さもあって、人気では松山選手を上回っているかもしれません。

しかし、その石川選手は、アメリカのレギュラーツアーの来季シード権獲得に失敗し、現在は、下部ツアーの選手達と追加のシード権獲得を目指して奮闘中です。

計4試合のポイント合計で、上位25名が追加のシード権を獲得できますが、石川選手は、1試合目の結果が50位と苦戦しました。



石川選手同様、岩田選手もアメリカのレギュラーツアーの来季シード権獲得に失敗しました。

日本では、優勝争いの常連だったほどの選手ですが、その岩田選手でさえ、アメリカでは予選ラウンドを突破し、決勝ラウンドに進むことさえ難しい状況です。

岩田選手は、石川選手のように下部ツアーの選手達と追加のシード権獲得を競う試合にさえ出場する資格がありません。

そんな岩田選手は日本に帰国してフジサンケイクラシックに出場しましたが、ここでは見事に優勝争いに絡んできました。



一方、日本の女子プロゴルフトーナメントは、活況を呈しています。

日本の女子プロゴルファーと言えば、昔は男性っぽい人が多かったように思えますが、最近は、タレントさんに勝るとも劣らないような美人選手が多くなりました

そんな日本人選手に加えて、韓国からも続々と実力を備えた美人選手が来日しています。

その一人が、イ・ボミ選手です。



今年は、優勝争いの常連になり、モデル顔負けの八頭身美人なのが、キム・ハヌル選手です。

イ・ボミ選手同様、いつもニコニコし、ミスショットをしても笑顔を絶やさず、日本人のおじさん達に絶大な人気を誇っています

あまり笑うことが無く、ミスショットをすると直ぐにふくれっ面をする日本人選手とは、好対照です。

アマチュアではなく、プロなのですから、日本人選手達はプレイ以外にも見習うべき点が多々あるように思います。



今年から日本のトーナメントに参戦し、韓国では「セクシー・クイーン」と呼ばれていたのが、アン・シネ選手です。

イ・ボミ選手とキム・ハヌル選手に続き、アン・シネ選手まで加わったのですから、日本のおじさん達が女子プロのトーナメントを見に行きたいという気持ちもよく解ります

しかし、現在は活況を呈している日本の女子プロゴルフ界ですが、更なる努力が必要だと思います。

男子同様、世界で通用する日本人女子選手が殆どいないのです。

アメリカでも活躍した宮里藍選手が引退してしまうことを考えると、もっと多くの若手選手が海外に飛び出すべきだと思います。

スポーツの世界でも、もう日本でだけ活躍していれば良い時代は終わったように思えます。



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2017年全英女子オープン



今日から全英女子オープンが開催されます。

今年の開催コースは、ゴルフの聖地と言われる「セント・アンドリュース・ゴルフリンクス」から南東に向かって車で20分くらい行った所にある「キングスバーンズ・ゴルフリンクス」です。



ゴルフは、14世紀頃、羊飼いが野うさぎの掘った穴に石ころを入れて遊んでいたのが始まりと言われています。

ゴルフが文献に初めて登場するのは、スコットランド王のジェームス2世による「ゴルフ禁止令」です。

家来が、あまりにもゴルフに熱中し過ぎ、軍事訓練をサボっていた為に発令されたものです。



王の財宝とも言われる「キングスバーンズ・ゴルフリンクス」の「キングスバーンズ」とは、元々「王の納屋」という意味です。

かって、この一帯を統治していた王のフォークランド宮殿に収める農作物を収納していた場所であったことから名づけられました。

1793年頃は、9ホールだけ存在していたようですが、その後、第2次世界大戦の影響で閉鎖されました。

そして、2000年になり、アメリカ人のゴルフ場設計家のカイル・フィリップスが現在の18ホールを設計しました。

造成の際、コースと自然を上手くブレンドさせる為に多くの土を動かしたようで、通常のリンクスコースは地面が固いのですが、キングスバーンズ・ゴルフリンクスは一般的なゴルフ場のように地面が柔らかく、ショットの際にターフが取れると言われています。



ロンドンからセント・アンドリュースなどに行く場合は、通常、スコットランドの首都である「エディンバラ」を経由して行くのが一般的です。

エディンバラの旧市街と新市街の街並みは、ユネスコ世界遺産に登録されてほどの美しさを誇っています。



8月のエディンバラと言えば「エディンバラ・フェスティバル」が有名で、エディンバラ城では「ロイヤル・ミリタリー・タトゥー」が開催されます。

ロイヤル・ミリタリー・タトゥーとは、エディンバラ城のエスプラナード広場を、タータンチェックの伝統衣装に身を包んだスコットランド軍楽隊と兵士がパレードするイベントです。



ライトアップされた城の横で、兵士達が、バグパイプの音色と共に整然と行進する様は、とても厳かで感動的です。

ちなみに、この場合の「タトゥー」は、「刺青(いれずみ)」ではなく、軍隊の「帰営ラッパ」を意味しています。



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2017年全英オープンゴルフ



上の写真は、世界4大ゴルフトーナメントの一つである全英オープンの会場(2017年)「ロイヤル・バークデール・ゴルフクラブ」です。

ビートルズ発祥の地と言われる「リバプール」から北へ約30分ほど行った海浜リゾート地「サウスポート」にあるリンクスコース(海岸線沿いにあるゴルフ場)です。

1897年に開場したコースですから、今年で120年もの歴史を有しています。

今年が10回目の全英オープン開催となる英国を代表するゴルフ場です。



英国と言えば、「一日の内に四季がある」と言われるほど天候が変わり易いことが知られていますが、それに加えて、リンクスコースは海からの強風が吹くことでも有名です。

風が強い日と風が無い日では、クラブの選択において4〜5番手ぐらいの違いが生じます。



土地を造成して造られた箱庭のような美しさの日本のゴルフ場とは異なり、英国のリンクスコースは自然の地形のままであり、フェアウェイもグリーンもうねっており、ラフが深く、全英オープンに出場するようなゴルフの名手と言えども手こずります。

全英オープン開催のリンクスコースで、優勝スコアが悪いことで有名なのは、カ—ヌスティとバークディールです。



初日は、気温こそ低かったようですが、風は殆ど無く、バークデールとしては、意外とスコアは良かったようです。

しかし、2日目は一転して強風が吹き荒れ(最大風速15m)、日本の谷原選手、池田選手、宮里選手は、揃って大崩れし、予選落ちしてしまいました。

そんな状況の中、松山選手は10位と健闘し、世界トップレベルの選手であることを証明しています。



上の写真は、リンクスコースの典型的なバンカーです。

日本のように浅くて土手が低いバンカーではなく、小さくて深く、かつ土手が垂直に切り立っています。

この為、バンカーに入ったボールの位置によっては、打ちたい方向とは逆の方向に打たなくてはいけないケースも多々生じます。

寝不足を堪えながら、あと2日間、全英オープンを楽しみたいと思います



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イーグル・ジャンプ



本日は、2つ目の映画「イーグル・ジャンプ」を御紹介したいと思います

ミシェルのお父さんがロンドンへの出張を終えて、英国に正式に赴任したのは1987年早々のことでした。

その頃の英国は、スコットランドやヨーロッパまで行かないとスキーができないこともあって、スキー競技人口は少なく、競技の成績も低かったように記憶しています。

スキー競技に参加していた人もアルペン競技(回転、大回転、滑降)だけで、ジャンプ競技に出場していた英国人選手はいなかったように思います。

この映画は、その当時が舞台になっています。



イングランド南西部のチェルトナムで生まれたエディ・エドワーズは、幼い頃からオリンピック選手に憧れていました。

しかし、周囲の人達からは「近眼で運動音痴なエディには到底無理な話」だと馬鹿にされていました。

実際、色々なスポーツに挑戦しましたが、何れも大成することはありませんでした。

そんなエディが、ある日、テレビでスキージャンプ競技を見て「これならオリンピックに出られるかもしれない」と思います。

早速、英国のオリンピック委員会に行きますが、そこで、英国にはスキージャンプ競技者もスキージャンプチームも無いことを知らされます。

それではと、自分がスキージャンプの英国代表選手になるべく、練習場があるドイツのスキー場「ガルミッシュ・パルテンキルヘン」へと向かいます。



それまで、エディーはジャンプ台を飛んだことはありません。

そこで、エディは15m級のジャンプ台から練習を始めました。

この時、エディは22歳でしたが、殆どのジャンプ競技者は、ジャンプの練習を5歳前後から始めます

15m級のジャンプ台を飛べたエディは、次に40m級のジャンプ台に挑戦します。

スキー・エキスパートであるミシェルのお父さんの経験から言っても、ジャンプ競技の経験が無い者が、40m級のジャンプ台に挑戦することは自殺行為に等しいと思えます。

案の定、エディは無時に着地することはできなく、転倒の連続です。

しかし、40m級のジャンプ台を飛ぼうとすること自体は、恐るべき勇気と情熱だと思います。

ここで、エディは、いつも酒ばかり飲んでいるスキー場の整備係と知り合います。

そして、その人物はブロンソン・ピアリーという名前で、過去には天才スキージャンパーと称され、アメリカチームのオリンピック最有力候補だったことを知ります。

しかし、ピアリーは、傲慢な態度と素行不良が原因でアメリカチームを追放され、ドイツのスキー場で整備係として酒に溺れた日々を送っていました。

それを知ったエディは、ピアリーに「コーチになって欲しい」と頼みますが、22歳でジャンプを始めるエディは全く取り合ってもらえません



仕方なく、エディは一人で40m級の練習を続け、なんとか着地できるようになります。

そして、5歳頃からジャンプを始めた選手でも「飛ぶ時は怪我を覚悟する」と言われる70m級ジャンプ台に挑戦しようとします

そんなエディの情熱に心を動かされたピアリーは、エディのコーチを引き受けます。

二人でジャンプの練習を続け、エディはスキージャンプの英国代表の資格を獲得すべく、ついに競技会に出ることになります。



競技会で英国のスキージャンプ記録(41m)を樹立したエディでしたが、英国のオリンピック委員会がエディがオリンピック代表になる為に要求したのは、70m級で61mと言う記録でした。

エディがオリンピック代表になる為には、更に20mも遠く飛ぶ必要があります

エディは、練習で61m飛ぶことができましたが、本番では61mに届きません。

オリンピック代表になれなかったと失望したエディでしたが、練習で飛んだ61mが公式記録として認められ、ついに子供の頃からの夢であったオリンピック選手に選ばれます



エディは、1988年に開催されたカルガリー・オリンピックの英国代表として、70m級スキージャンプに挑みました。

優勝したのはフィンランドの「鳥人」と言われたマッチ・ニッカネンで、記録は2本とも89.5mでした。

そして、エディの記録は2本とも55.0mで、58人中58位でした。

しかし、エディの勇気と情熱が多くの人々の感動を呼び、エディは「エディー・ジ・イーグル(Eddie The Eagle)」というニックネームを与えられて一躍大人気を博しました。

エディは、その人気に甘えることはありませんでした。

70m級だけに出場予定だったのですが、なんと飛んだことが無い90m級にも出場することになったのです

90m級は、スタート地点から着地点までの標高差が約140mもあり、踏み切る時のスピードは時速100㎞前後です。

5歳頃からジャンプを始めた選手でも、90m級ジャンプ台を飛ぶ時は「死ぬことも覚悟する」と言われています

また、90m級ジャンプ台を飛ぶ感覚は、日本初の超高層である「霞が関ビル(高さ147m)の屋上から飛び下りる感じ」とも例えられます

90m級ジャンプ台のスタート地点周辺には、恐怖と緊張に包まれた選手達のオシッコの跡を数多く見かけます。

そんな恐ろしい90m級ジャンプ台に、一度も飛んだことが無いエディが挑んだのです。

勇気を振り絞って飛んだエディは、見事に着地することができました

優勝したフィンランドの「鳥人」マッチ・ニッカネンの記録は、118.5mと107.0mでした。

そして、エディの記録は71.0mと67.0mで、55人中55位でした。

1988年にテレビで競技の中継を見た時には、ミシェルのお父さんは「なんで、こんな選手がオリンピックに出たんだろう?」と不思議に感じましたが、今回、映画を観終った時には、お父さんの胸と目頭に熱いものがこみ上げてきました。



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

ハドソン川の奇跡



最近、2つの映画を観て感動しました。(最新レンタルDVDにて)

本日は、その1つである「ハドソン川の奇跡」を御紹介したいと思います。

ミシェルのお父さんは何度も飛行機に乗り、何度か地球1周の旅行をしたこともありますが、それでも飛行機に乗る度に不安を感じます。

いかに安全に造られていても、あんなに重い機体が、重力の法則に逆らって飛んでいるのですから

映画「ハドソン川の奇跡」は、2009年1月15日(オバマ大統領就任直前)に実際に起きた飛行機事故を題材にしています。



ニューヨーク発シャーロット経由シアトル行きのUSエアウェイズ1549便は、乗員・乗客155名を乗せて、ニューヨークのラガーディア空港を定刻に飛び立ちました。

しかし、USエアウェイズ1549便は、ラガーディア空港離陸直後にカナダガンの群れに遭遇し、両エンジンが同時にバードストライク(エンジン内に鳥が吸い込まれてしまう事故)によってエンジンがフレームアウト(停止)してしまいます

カナダガンは、体重4kgもある大きな鳥で、その鳥が両エンジンに致命的な損傷を与えてしまったのです。

その為、飛行スピードは極端に落ち、飛行高度の維持もできなくなってしまいます。



機長のチェズレイ・サレンバーガーは、即座に操縦を副操縦士から交代し、同時に空港管制に対して事故の状況報告と非常事態を宣言します。

そして、副操縦士のジェフリー・B・スカイルズは、事態を改善すべくQRH(クイック・リファレンス・ハンドブック)を実施します。

事故発生直後、機長は最寄りの空港への着陸を目指し、ラガーディア空港かテターボロ空港への着陸を検討しますが、高度と速度が低すぎる為に空港への着陸は不可能と判断し、マンハッタンへの墜落を防ぐべく、ハドソン川への緊急着水を決断します。



その後、USエアウェイズ1549便はジョージワシントンブリッジをギリギリで回避しながら減速し、機長は着水間近に乗客に対して「衝撃に備えて下さい」とのみ伝えます。

事故発生から不時着水までの時間が、わずか208秒しかなかった為、機長は乗客に事故状況を詳細を伝える余裕はありませんでした。

しかし、3名のキャビンアテンダントは事故状況を察知し、乗客に対して適切な対処を行っていました。



事故発生から約3分が経過した時、USエアウェイズ1549便は、マンハッタンの西側を流れるハドソン川へ時速約270kmで滑るように着水しました。

幸いにも着水進入方向と川の流れが一致していた為、着水時に機体が受ける衝撃は少し抑えられました。

加えて、機体の姿勢も水面に対し水平に近かった為、機体の致命的な破損も避けられました。

スムーズな着水によって機体損傷は後部壁下部の一部だけで済み、乗客全員が迅速に機内から脱出シューター(着水時には救命いかだになる構造)及び両主翼に避難することができました。

着水後、損傷した後部から浸水が始まり、客室内にも浸水が始まりました。

機長とキャビンアテンダントは、決められた手順に従って行動し、乗客を機体前方へ誘導し、毛布や救命胴衣を乗客へ手渡しました。(この時の機外の気温は、氷点下6℃でした)

機長は最後まで機内に残り、既に浸水が始まっていた機体後方まで行って残された乗客の確認を2度行ない、乗員乗客全員が脱出したのを確認してから機外に脱出しました。



離陸直後に両エンジンがバードストライクで停止してしまうという未曽有の事故にもかかわらず、乗員乗客155名全員が無事であったことで、機長は「ヒーロー」として称賛されます。

一方で、機長と副機長は、何日もの間、まるで犯罪人であるかのように、事故調査の為の国家輸送安全委員会の厳しい質問に晒されます。

国家輸送安全委員会の嫌疑は、「極めて危険なハドソン川への不時着水ではなく、最寄りの空港に着陸できたのではないか」というものでした。

コンピューターに残ったデータが、その可能性を示していた為です。

更に、飛行機を製造したのがエアバス社だったこともあり、フランスで事故当時のシミュレーションが行われました。

そして、「USエアウェイズ1549便は、ラガーディア空港にもテターボロ空港にも着陸可能であった」という検証結果が出てしまいます

しかし、機長は「シミュレーションには事故直後のQRH作業などの時間が含まれていない」という問題を指摘し、その結果、QRH作業などの時間を含めたシミュレーションが再度行われます。

再シミュレーションでは、USエアウェイズ1549便は空港到着前に墜落する結果となり、更に市街地に墜落してより大きな惨事になっていた可能性も示され、ようやくハドソン川への不時着水が正当な判断であったことが立証されるのです



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

ベル&セバスチャン続編



第二次世界大戦が終わり、ベルとセバスチャンが住む村にも平和が訪れました。

セバスチャンは、10歳になりました。

そして、前作でユダヤ人家族をスイス国境まで送り届けた後、イギリスに渡ってレジスタンスとしてドイツ軍と戦っていたおじいさんの姪のアンジェリーナが、村に戻って来ることになりました。

しかし、乗っていた飛行機がフランスとイタリアの国境にある山岳地帯で事故に遭い、アンジェリーナが行方不明になってしまいます。



アンジェリーナの生存を信じていたおじいさんは、飛行機を持っていたピエールに捜索を頼みます。



おじいさんが目を離した隙に、ベルとセバスチャンはピエールが操縦する飛行機に潜り込み、一緒に墜落現場へ向かってしまいます。



続編では、セバスチャンが実父と遭遇するそうです。

また、捜索の途中で大きな熊や山火事に遭遇したり、イタリア人の少女と出会ったりもするそうです。



続編は、日本では劇場未公開のようですが、2月下旬にレンタルDVDがリリースされるようです。

美しいヨーロッパアルプス、そして可愛いベルとセバスチャンの活躍を観るのが楽しみです



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

ベル&セバスチャン



ミシェルのお父さんは映画が好きなので、河口湖に映画館が無いことを残念に思っています。

映画を観る為には、甲府まで行くか、レンタルDVDを借りることになります。

以前にも御紹介したのですが、犬と少年が主人公の映画「ベル&セバスチャン」がレンタルDVDになっていることを知りました。

そこで、早速、レンタルDVDを借りることにしました



この映画は、「名犬ジョリィ」としてアニメ化されて人気を博したセシル・オーブリーの世界的ベストセラ―文学「アルプスの村の犬と少年」を、自然と犬に人生を捧げるニコラ・ヴァニエ監督が戦時中のアルプスを舞台に映画化したものです。

フレンチアルプスの麓の小さな村で暮らす孤児セバスチャンは、学校にも行っておらず、友達もいない孤独な生活をしていました。

一緒に暮らすおじいさんからは「母親は、山の向こう側のアメリカに居る」と教えられ、いつか母親と会えることを待っていました。



羊を飼って生活しているおじいさんと一緒に「野獣」を探しに行きます。

その「野獣」とは元々近所で飼われていた犬なのですが、飼い主の虐待にあって逃げ出し、野生化してしまったのです。

村では、その「野獣」が羊を襲ったり、人を襲ったりしていると信じられ、狩猟の対象になっていたのです。



ある日、一人で居たセバスチャンの前に大きな灰色の犬が現れます。

セバスチャンは「この犬が野獣だ」と判りましたが、なぜか怖くなく、直ぐに友達になってしまいます。

友達がいなかったセバスチャンにとって、その日から、その犬が唯一の友達になります。

川で犬の身体を洗ってあげると、灰色に汚れていた毛は真っ白になりました。

犬の美しさと、犬が女の子であることを知ったセバスチャンは、その犬を「ベル(フランス語で美しいという意味)」と名付けました。



村を占領していたドイツ兵が、子育て中の鹿の母親を撃つのを見たセバスチャンは止めに入ります。

ドイツ兵によって地面に抑え込まれたセバスチャンを見て、ベルが助けに行きます。

ドイツ兵がベルに手を噛まれたことで、ドイツ軍は村人にベルの狩猟を命じます。

村人達による狩猟によって右後ろ足を撃たれたベルは、命の危険にさらされます。

セバスチャンの必死の介護で回復したベルは、羊を襲いに来た狼の群れを追い払います。

それを知ったセバスチャンのおじいさんは、自分が誤解していたことを謝ります。

丁度その頃、セバスチャンは、自分の母親が出産と同時に亡くなり、母親が生まれたばかりのセバスチャンをおじいさんに託したことを知ります。



当時のフランスはドイツ軍に占領されていて、ユダヤ人が捕らわれていました。

その為、フランスに住むユダヤ人はスイスなどに亡命していたのですが、セバスチャンの村でもユダヤ人の亡命を手助けしている人がいました。

亡命の手助けをしていた医者が足を負傷してしまい、代わりにおじいさんの姪がアルプスを越えてスイスの国境まで案内することになります。

しかし、途中でドイツ軍が見張っていることを知り、危険な氷河地帯を越えて行くことになります。

氷河地帯には危険なクレバスが多く存在し、その危険を察知する為にベルとセバスチャンも同行することになります。

そして、ベルとセバスチャンの活躍で、ユダヤ人家族は無事にスイス国境まで到達することができます

この映画を観ると、改めて犬が好きになったり、益々犬が好きになったりします。

ミシェルのお父さんもその一人で、映画を観終わった途端、横で身体をくっつけて寝ていたミシェルを思わず抱きしめました

訳が解らないミシェルは、「お父さん、どうしたの?」と不思議そうな顔をしていました



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

プロフィール

カリーノパパ

Author:カリーノパパ
●シェリー(シェルティー母):
 とっても優しい理想的な家庭犬
 アンジェの母親です

2016.4.18永眠、享年15歳11ヶ月

●アンジェ(シェルティー娘):
 ボール遊びと食事が大好きです
 我が家で生まれました

●カリーノ(ラフコリーの女の子):
 ショードッグ
  【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 FCIインター・チャンピョン 
 【主な賞歴】
 2009年アジアインターBOB
 2010年ジャパンインターBOB
 2010年近畿インターBOB
 2010年東北インターBOB 
 2010年ペディグリーアワード
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

2014.12.9永眠、享年8歳5ヶ月

●ミシェル(ラフコリーの男の子):
 陽気で優しく、人が大好きです
 ショードッグ
 【主なタイトル】
 JKCチャンピョン
 【主な賞歴】
 2011年神奈川インターWD
 2014年熱海愛犬クラブ展WD
 2014年山梨東ドッグコ展WD
 2015年沼津愛犬クラブ展WD
 【資格】
 JKC訓練資格CDⅠ

●カリーノパパ(人間):
 ミシェル達のお父さん
 本職は建築家(一級建築士)
 犬、スキー、ゴルフ、車、絵画が大好き
 1974年から大手建設会社の設計部にて勤務
 1986年に海外部門に異動し、14年間海外勤務
 内13年間をロンドンにて勤務
 2012年に大手建設会社を定年退職
 同年5月から河口湖でスローライフ開始

●訪問ありがとうございます。
4頭の犬と一緒に暮らしながら、日々感じたことを綴っています。
ミシェルとミシェルのお父さんであるカリーノパパが、記事やコメントを書いています。

●コメントは、ありがたく拝見し、返信させていただきます。

●リンクフリーです。貼ったり剥がしたり、ご自由にどうぞ。

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